医療情報学

学校法人 久留米大学 医学部 医学科 非常勤講師
医療法人 天神会 古賀病院21 医療情報部 部長
和田豊郁 (わだ とよふみ) Last update: 2003.9.7

医療情報学とは

医療は,情報の収集,治療計画,医療行為,評価(情報の収集)の繰り返しによって成り立っている.
医療情報学は,医療の現場で生じるありとあらゆるものごとを「情報」と認識し,細分化と相互の関連付けを考慮しつつ再利用可能な形で保存し,より良い医療の実践ができるようにするための学問である.
医療情報学はコンピュータ技術の発展と時を同じくして発展してが,思想的には必ずしもコンピュータありきの学問ではないものの,結果的にはコンピュータやコンピュータネットワーク技術をフルに使いこなして高度な医療を実現しようという方向性を持つ.
医療情報学が内包する分野には以下のようなものがある.

病院情報システム
医療事務部門,診療部門,看護部門,臨床検査部門,放射線部門,薬剤部門,中央材料部門,給食部門,経営支援など

地域医療情報システム
医療連携,健康管理情報,遠隔医療など

医療情報の標準化
医療用語,看護用語,検査コード,医療記録,情報交換の方法など

医用画像
心電図,X線CT,MRI,シンチグラフィー,超音波断層法など

診療支援
医療知識データベースによる診断支援,バーチャルリアリティーによる治療支援など

生物医学統計
医学統計,大規模臨床試験,メタアナリシスなど

医学教育
電子教科書,患者指導プログラムなど


医療の変質

−『先生にお任せします』からインフォームドコンセントの時代へ −

受診者の意思によって医療行為が行われるべく,医療機関には説明責任がある,というのが最近の考え方である.
これは,医療行為の全てを医療機関が責任を持つのではなく,受診者は正しく病状を理解し,判断をしなければならない,という自分自身に対する責務を負うことでもあり,双方の責任が再認識されたということである.
受診者が病状の正しい理解と治療方針決定への判断をするためには,医療機関は必要な検査と結果の説明を行い,標準的な治療方法とリスクを示すことが必要である.
医療情報学はこのプロセスが適切に行われることを支援するものとも言える.

− 疾患の質の変化 −

20世紀の中半までは医療は主に感染症と戦ってきた.
21世紀になっても感染症対策はAIDSやSARSやウイルス性肝炎の例を持ち出すまでもなく大切であることは変わりはないが,20世紀後半からは,悪性新生物や心臓血管障害,脳血管障害への対策が重要な課題となってきている.

悪性新生物(癌など)に対しては,ウイルス性肝炎が肝細胞癌の,ヘリコバクター・ピロリ菌が胃癌の原因となっているなど,一部では感染症が癌の誘引となっていることが見出され,その治療を行うことが予防となることが明らかになりつつあるが,その他の多くの悪性新生物では,早期発見・早期治療が大切であり,各種画像診断,血液中の癌抗原の測定などが行われている.
PET(Positron Emission Tomography)は活動性の高い悪性新生物を早期に発見できる画像診断法であり,本法が普及することにより癌は撲滅の方向に向かっていくものと考えられる.

これに対して,心臓血管障害,脳血管障害は高血圧症,糖尿病,高コレステロール血症,喫煙習慣,ストレスなどが発症に強く関わっており,これら諸疾患の治療,管理が大切となるが,これらの疾患は,自覚症状に乏しく,食生活の変更が治療上必要なことも多いが,治療の目的を良く理解していないと治療が続かないことが多く,医療機関の説明責任と受診者の理解は極めて大切である.

また,長期にわたり治療を継続する必要があることから,転勤や転居などがあっても治療が継続されるよう,医療情報が引き継がれる必要性があるが,一方では法律により診療録は治療を終了してから5年間,放射線検査(X線検査,CTなど)は3年間,その医療機関にて保管することが定められており,転居先の医療機関に診療録やX線フィルムなどを持って行ってしまうことはできない.

医療情報の電子化

本来検査結果などは受診者に帰属する情報であり,転居先の医療機関でも継続して治療が受けられるよう,医療情報は伝達されるべきものである.
電子化された情報は複製を作ることは簡単であるから,医療情報の電子化が進めばこの問題は解決へと向かいそうに思えるが,実際はそう簡単なものではない.
共通の土台に立脚した情報でなければ情報の継続や情報交換は不可能だからある.

比較的簡単に思える生化学検査にしても,総コレステロール値の単位が mg/dl なのか,mmol/l なのかで,数値は全く異なることは容易に理解できよう(通常日本では前者が,欧米では後者が使われている).
病名に関しても,紹介元と紹介先とで疾患の概念が異なっておれば正しく治療が継続されるとは思えない.
また,保存されている画像のフォーマットがメーカーごとに異なっておれば表示すらできないことになるため,同一医療施設であっても検査機器の代替時に大きな問題が生じることとなる.

従って,これらを解決するためには,さまざまな分野で標準化を行う必要がある.
用語やコード体系の標準化なしには何もできないといっても過言ではなく,用語の定義,同義語の整理,コードの統一が必須である.
医学用語に関しては,日本医学会が作成した医学用語集が広く用いられている.
ICD−10 は死亡原因に着目した国際的な疾病分類であり,MEDIS−DCによって日本語の病名との関連付けがなされ,今や,病名コードとして標準的に使用されるようになっている.
医用画像の通信方法,画像の表示,保存方式は DICOM−3 が世界標準として完全に定着している.
臨床検査に関しては検査コードの標準化はまだまだの状態であるが,結果の受け渡しにはHL7が用いられ,データの引継ぎや互換は取れるようになっている.
電子診療録の情報交換には XML をベースにした MML が策定されているが,現時点では実装している電子診療録製品は多いとは言えない状況にある.

− 診療録等の電子媒体への保存 −

診療録の電子化に関しては,平成11年4月に当時の厚生省が『診療録等の電子媒体による保存について』という通達で,誤った情報が保存されないこと(真正性),適時すぐに読める形に変換できること(見読性)−電子媒体上に保存されたファイルは0と1の符号に過ぎないから−,いつでも復元可能な状態で保存されていること(保存性)の三原則が守られていること,とされているが,この他にも,メーカーの倒産などで,他のシステムへ変更を余儀なくされる場合も想定されるため,他のシステムへの互換性や継続性も重視されるべきであるが,現時点では他のシステムへの乗換えが容易な電子診療録製品は多いとは言えない状況にある.

診療録に関する法規

− 診療録の保存年限と開示 −

医師法には次のように記されている.

第24条 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
2 前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、5年間これを保存しなければならない。
ここで,『5年間』とは,診療を開始した日ではなく,診療を終了した日からの期間である.
つまり,受診者が来院しなくなってから5年間,ということを意味している.
これは,紙の診療録であっても,電子診療録であっても同じであり,前項の『保存性』は現時点では診療終了から5年間守られればよいという解釈となる.
この条文では,誰が何年間,と言っているだけで,どこで,については触れられていない.
したがって,プライバシーが保たれるなどの条件は必要であるが,病院や診療所以外の場所に保管をしてもよいと言う解釈となる.
しかしながら,医療機関が廃業した場合には診療録はプライバシー保護のため廃棄されることになっている.
診療録は医師の著作物ではあるが,その内容は受診者の個人情報であり,受診者には個人情報を管理する権利があるとすれば,にべもなく廃棄されてしまうことに関しては疑問もあろう.

カルテの開示は,日本医師会の反対で法制化は見送られ,病院ごとの開示ルールによって開示されている..
カルテの開示は,本人あるいは親族から医療機関に求められるものであるが,癌を本人には告知していないような場合や,治療上不都合が生じる可能性がある精神疾患の場合や,家族にも知られたくないプライバシーに関する記載があるような場合にはカルテ開示が行われないことがある.
医療機関では,カルテを開示することを前提とした医療を行うべきと考えられるようになってきており,日本語で書かれた分かりやすい診療録が求められている.
カルテ開示が前提となるならば癌の非告知は少なくなっていく可能性があるが,精神疾患に関しては必要なことも書いていないカルテになってしまう可能性があり,カルテ開示の運用には,大変難しい問題がある.

− 守秘義務 −

刑法には次のように記されている.

第134条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
第135条 この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
守秘義務違反は親告罪であり,秘密を守らなかったことで即座に罪に問われるわけではない.
『業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密』には,医療機関を受診したこと自体も含まれることがあり,外来を受診されたことや入院されたことも本人の承諾を得ていない場合には秘密にしなければならない.
なお,入院しているのに入院していないと言うような嘘を付いてはいけないことは言うまでもない.
ただし,受診者が犯罪捜査の対象となっているような場合には秘守義務よりも捜査の方が優先される.



医療情報関係リンク

財団法人 医療情報システム開発センター
電子カルテを中心とした地域医療情報化
Medics TV
日本医療情報学会
「揺らぎ」 (医療情報システム研究会など)
診療情報あれこれ
医療におけるプライバシー保護
厚生労働省
経済産業省
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